「警備は職人技」正社員雇用にこだわる(株)エム・エス・ディの志とは
written by ダシマス編集部
「本物をめざす」というスローガンのもと、長野県で警備業を営む株式会社エム・エス・ディ。大学卒業後、わずか1年弱で会社を立ち上げた工藤社長にインタビューをしました。工藤社長が警備の道に進んだきっかけは本意ではなく、業界への違和感も抱いてきたとのこと。それでも20年以上この道一筋で歩む理由となった、警備という仕事の奥深さとは。そして創業から変わらず目指す「本物」の警備とは。工藤社長の志とその背景に迫ります。
株式会社エム・エス・ディ 代表取締役社長 工藤勲さん
1978年生まれ。長野県出身。高校卒業後、教師を目指して県外の大学の人文学部に進学。大学卒業後、長野県内の某警備会社へアルバイトとして入社。2001年に(株)エム・エス・ディを設立。立ち上げ以降、自ら警備業務を行いながら、経営ノウハウを一から勉強。「本物」の警備ができる人材育成に勤しんでいる。
奥深い警備の仕事を、一生続けられる仕事に
ーー工藤社長が警備業の道に進んだ経緯を教えてください。
1999年に大学を卒業し、就職したのが警備会社でした。でも、元々は教師になりたかったんです。県外にある大学の人文学部に進学し、4年生の1月に教員採用試験を受けましたが、結果は不合格。長野に帰って仕事を探すことにしました。
試験結果が発表された3月頃には新卒採用の時期も終わっていて、4月入社の新入社員教育が始まっている企業もあったくらいです。
僕たちは、一度就職したら一生勤め上げるのが当たり前の時代に育ってきたので、正社員として働くことへの憧れがありました。ただ、当時は就職氷河期。求人に「正社員募集」という言葉はほとんどなく、臨時のアルバイト・パート募集ばかり。まれに不動産や自動車業界で営業職の正社員求人がありましたが、自分は営業に向いていないと感じていたんです。口下手だし、いわゆる「ガラスのハート」なので(笑)、交渉が苦手。数少ない専門職を探す中で見つかったのが、日本でもトップ10に入るような大きな警備会社のアルバイト募集でした。焦りもあり、そこに入社を決めました。
僕が配属された営業所には30人くらいの同期や先輩がいましたが、現場に出る警備員は皆アルバイト。数人の管理職以外に社員はいませんでした。でも、アルバイトでも責任は重くて。例えば、交通誘導中に事故が起きた場合には会社ではなく警備員個人が過失責任を問われ、損害賠償を請求されることもあるんです。
そんなに責任のある仕事なのに、社会保障制度などの福利厚生も整っていない環境でした。そんな待遇に、僕はずっと文句を言っていたんです。専門的で大変な仕事なのに、軽く見られてしまうことへの苛立ちと怒りがずっとありました。
ーー警備の仕事を始めた当初は不本意に思うことが多かったんですね。そこからなぜ起業に至ったのでしょうか?
入社3ヶ月目の半ばに管理職のポジションが空き、正社員に昇格しました。会社も「あまりにもうるさいから管理職にしてやるよ」という感じだったんでしょうね。正社員になると給与が月給になり、社会保険にも加入できたのですが、その立場になってさらに疑問に思ったんです。「警備員という仕事は変わらないのに、なぜこのポジションにならないと正当な待遇を受けられないんだ」と。
同僚や先輩たちにも話を聞いてみると、皆そう感じていました。でも、不満を言ってしまったら仕事がもらえなくなる。そんな雰囲気が蔓延していて、もうどうしようもないという状況だったんです。だったら、起業して自分たちの思い描く働き方をするしかない。「この仕事を企業として、正社員として、職人として、一生続けられる仕事にしていかないと。」そんな意識で起業を決めたのが、入社から半年後のことでした。
ーー違和感を抱きながら、他の業界への転職ではなく警備業の道で起業しようと思ったのはなぜですか?
警備の仕事って、意外に奥深くて。法律で1号から4号までの業務に区分されているんですね。
1号業務は施設警備、2号業務は交通雑踏警備、3号業務は貴重品運搬警備、4号業務はボディーガード(身辺警備)の4つです。警備業界に入るまで、こんなに細かい区分けがあることも知りませんでした。
各業務には30時間以上の専門教育が必要で、さらに年間16〜28時間の現任教育も受けなければならないんです。「学校を卒業した後に、こんなに勉強しなきゃいけないの?」と驚きながらも、面白いと思いました。僕が入った会社は、たまたま1号から4号までの業務を網羅した数少ない警備会社だったので、学ぶ機会にも恵まれていました。僕は2号業務の交通誘導と雑踏警備から始めましたが、せっかくなら全区分を極めたい!という意欲が湧いたんです。
また、警備業は民法など幅広い法律に関わる仕事なんです。元々公民の教師になりたかったこともあり、法律には興味がありました。弁護士でもないのに、こんなに法律を学ぶ職業はなかなかありません。警備員は年を取って他に仕事がない人がやる仕事だと思っている人も多いでしょう?でも、そうじゃないんです。例えば75歳の方であったとしても、憲法や民法を理解してもらって初めて成り立つ仕事なんです。こんなに重要な仕事を、アルバイトだけで対応していいのだろうか。警備員という職種を、正社員として適切な待遇を受けながら、技術を極められるものにしないといけないと強く思ったのが、自分で警備会社を設立した理由です。
ーーご自身も警備の仕事を始めて半年ほどで起業されたとのことで、かなり思い切りましたよね。
前職を退職したのが2000年の上旬でしたが、どうしても「2001年1月1日創業」にこだわりたかったんです。21世紀という新しい時代の始まりに合わせて、新しいことをスタートさせたかった。ゲン担ぎと言えばそれまでですが、新しい時代と一緒にスタートすることで、モチベーションを途切れさせずに続けられるんじゃないかと思ったんです。当時警備の仕事をしていて共感してくれた仲間5人に正社員として入社してもらい、一緒にエム・エス・ディをスタートしました。今は退職してしまいましたが、創業メンバーには本当に感謝しています。経営というのは想像以上に厳しいもので、それでも業界を変えるために一緒に動いてくれたメンバーの想いや力を忘れてはいけない。生活や家族もある中で、彼らを無理に引き止めるわけにもいかないですからね。
創業から変わらない信念「本物」の警備とは
ーーホームページにもありますが、創業当時から「本物をめざす」というスローガンを掲げていますよね。これはどんな想いからでしょうか?
本物とは「プロ」の仕事だと考えています。警備料金をいただいて何かを提供するなら、「プロ」の仕事じゃないと。お客様から「プロだね」と言ってもらえれば、それは僕たちの仕事が認められたことだと思うんです。そのために正社員の集団を作ることは絶対に外せない目標です。
ーー工藤社長の考える「プロ」の定義とはどんなものでしょうか?
ずばり、お客様に的確な提案ができるかどうか。今の警備業界では、お客様である警備の発注元から細かい指示を受けることが多いんです。「今日はここに立って、こういう風に交通誘導してほしい」と。でも、本来お客様も警備に関しては素人。言われた通りにやってると、そりゃクレームも出るし、事故だって起こる可能性があるでしょう。確かに警備はサービス業の面もあるけど、うちの考えはちょっと違う。お客様は神様じゃなく、安心・安全を求めて我々に頼んでくれるパートナーなんだと。だから、お金をもらうだけじゃなくて、ちゃんとやるべきことをやらなきゃいけないという覚悟が必要です。
僕らはプロだからこそ、「この対応だと道路交通法に違反するから、こうしましょう」「この場合はこうした方が安全ですよ」と具体的に提案できないといけない。そういう意識を最初から持って、理解できるように社員を育成することを心がけてきました。だから、うちの教育は他の警備会社に比べてものすごく多い。未だに多くの時間とコストをかけて教育しています。
ーー実際のところ、研修を終えて本物のプロとして現場で活躍できるようになるまでにはどれくらいの時間がかかるのですか?
一概には言えませんが、だいたい3,4年。最初の1,2年で実務経験を積み、国家試験を受けて資格を取得してもらいます。その後現場責任者として指示を出す立場になるには、少なくとももう1,2年は経験が必要です。そこまでいくとプロと言っても良いレベルですね。
うちでは入社後1日8時間の研修を4日間受けてもらっていますが、人によっては研修内容を身に着けるのに1週間以上かかる人もいるんです。法律や警備業法を勉強するのって、すごく難しいことなんですよ。専門的に勉強してきた人だって大変なのに、警備の素人が1から勉強するって、かなりの努力が必要ですから。
僕自身、起業した後も10年弱はずっと現場に出ながら学んできました。失敗もありましたし、得るものもありましたね。「こんなに大変な仕事だけど、面白いな」と思いながらやってきました。時代や法律が変わっていく中で、新しい知識を学ばないといけないことを実感しています。だから、今も常に勉強が必要だと思っています。
ーーそんな中、「プロ」を目指すために工夫していることはありますか?
ちょっとしたことでも、クレームを受けたら改善のため再教育の時間を設けています。丸1日再教育することもあります。
そして、全員に国家資格を持ってもらうことも目標としています。例えば交通誘導や雑踏警備には、1・2級の試験があって、みんなそれを受けて資格を取ってもらっているんです。
「あと1,2年、頑張ってみよう」って思ってもらえるといいな
ーーこれまでの20年の中で、苦労したけどやっておいてよかったことはありますか?
いや、もういっぱいありすぎて。これだ!っていうのは一つには絞れないですね。ほんと色々あって...。ただ、やっぱりやってきてよかったことは「価値観の形成」かな。前にいた会社では入社して2年経つと誰も残ってなかったんです。名簿が2年ごとに全部新しくなってたんですね。当時はそれがとても衝撃的でした。なんか、使い捨てじゃないですけど、そんな感じで...。それを見て、自分が創業する時には絶対にそういうことはしたくないと思ったんです。だから、どんなに忙しくても「人を大切にする」というのは絶対にブレずに守ろう、って。そのために「本物をめざす」という軸を持ち続けてきました。
「プロ」になるためには、やっぱり長く続けることが必要だと思うんです。今の時代は転職も当たり前でいろんな働き方があるし、僕は僕で「長く勤め続ける」という昭和の当たり前にこだわりすぎちゃう部分もありますけど。やっぱりプロになるからには時間をかけて極める、そのためにはある程度長く働き続けるという価値観は失っちゃいけないと思うんです。社員もみんな、それを理解してくれてると思いますよ。
ーーそのために、何か取り組んでいることはありますか?
家族も含めて、社員を大事にすること。
例えば「年間最優秀プレイヤー賞」という表彰制度を設けて、選ばれた人にはリゾートホテルへの招待と10万円程度の副賞を渡しています。昨年は13人ほど選ばれました。家族がいる人は必ず一緒に行ってもらっています。それが社員のためにもなるし、結果的に良い会社になるはず。やっぱり、自分の働く会社が良い会社だったら、家族にも紹介したいじゃないですか。「うちの会社、こんなに良いんだぞ!」って。僕の子供が就職する時も「うちの会社に来い」って言いたい。それが良い会社の証だと思うし、だからこそ家族とのつながりが大事だな、って。本当は、もしボーナスが出るなら社員の奥さんにも出したいくらいですね。だって、奥さんが弁当を作ってくれると、旦那さんは元気に働きに行けるじゃないですか。
ーー家族まで大事にしてもらえると、メンバーのモチベーションも上がりこれからも長く働きたいって思いますよね。
そうですね。社員には少なくともうちの会社で「あと1,2年頑張ってみようかな」と思ってもらえるといいな、って。それってすごく大事なことだと思うんです。そのためにはやっぱり「見返り」も必要だと思ってます。だから福利厚生は他の警備会社に負けない自信がありますよ。それを続けるうちに警備という職種も「一生やる仕事」だという認識に変えられるかもしれない。僕自身も半年で警備の仕事に魅力を感じたので、それを社員にも伝えていきたいです。
ーー健康優良法人にも選ばれていますよね。
はい。警備業界ってニッチな業界なので、色々と苦労もありますが、うちとしては社員が困っていることを解決するために動いています。
例えば、全従業員を対象に、就業中のケガなどはもちろんのこと私生活における従業員の罹患療養に備え「入院医療保険」に加入しています。
また、がんに罹患した場合、現在は通院治療が主となっていることから、安心して働きながらでも治療を受けて頂けるよう「ガン通院医療保険」にも加入し、治療費を全額賄えるよう福利厚生を充実しています。
ーー2022年には資本金の増資や事業拡大もされたそうですが、その背景はどんなことだったのでしょうか?
実は警備業のほかに住宅ローンの事業を始めたんです。今は警備業界の給与がそんなに高くないので、警備員がマイホームを持つための資金計画が難しいケースも多いんです。だから住宅ローンの事業を自社でやろうと決めました。他の金融機関が融資してくれないなら、自分たちで制度を作ればいいじゃないかと。社員が家を買えるように始めました。もちろん、本業の警備でプロフェッショナルになるのが先ですが。
ーー警備員として働く社員の生活を守る、という考えが新規事業につながっているんですね。
そうです。社員が頑張ってくれるからこそ、今の安定がある。創業当初は給料を払うので精一杯でしたから。みんなが頑張ってくれて、今では業績も安定してきました。警備料金の値上げ交渉もスムーズに行えていて、松本市内では他の警備会社に負けない自信があります。他の会社では受注額が数千円まで落ちてしまった警備料金を、うちではなんとか1万円に踏み留められているんです。
ーー根底にあるのは、本物のプロの仕事を目指しているということですね。
はい。どんな仕事もパートやアルバイトでの雇用が増える中で、プロとしての誇りを持って働くことが大事だと思います。警備も同じで、目標を持ってキャリアアップできる業界にしたい。業界全体を変えていくために、まずはうちから始めないと意味がないですから。
泥臭くてもいい。警備業を就職先として選ばれる業種に
ーーこれから達成したい大きな目標はありますか?
売上や数字も確かに大事ですけど、それよりも「本物の警備」を目指すことが最も重要だと思っています。
まずは全員が国家試験を受けて資格を取得することが目標です。その後は、1号業務(施設警備)、2号業務(交通雑踏警備)の受注数を松本で1番にすること。それができたら、まず1つ目標を達成したと言えると思います。
そうやってお客様にとって安心・安全な仕事をしていかないといけないですね。反対に言うと、それが達成できないとまだまだうちは本物にはなれないと思います。
ーーそれが警備業界全体を変えていくための第一歩にもなりますね。
そうですね。
そもそも、やっぱり市場的に警備料金って安いんですよね。県内でいうと、1998年の長野オリンピック以降に警備料金がどんどん下がって、その頃から警備員の正規雇用が難しくなってきたために、日当いくら、時給いくらのアルバイトを増やすしかない業界になっちゃったんです。近年ようやく98年の警備料金まで上がってきたところ。この波に乗って、お客様に「頼んで良かった」と言ってもらえる、そんな仕事を全ての警備員ができるように価値を上げたい。そうすれば就職先として選ばれる業種にたどり着けるんじゃないかと思っています。
警備業は生活安全産業であり、警備員はエッセンシャルワーカーとして、安心安全な住民生活に欠かす事の出来ない誇り高き職業であると考えています。
そう示すためにも、まずはうちで良い事例を作らないと。簡単なことじゃなく、何年もかかると思いますが、泥臭くてもいいんじゃないですか。最初は1号業務、2号業務もしっかりできてないところから、20年かけてやっと2号業務を固められたんです。みんなでここまでやってきたんだから、これからももう少し頑張ってその壁をクリアしていこうって感じですね。